医者の予言

矢吹清人

 超能力を演じるマジックの一つに、「予言」がある。
 ―マジシャンは、まず、名刺の裏に、ある予言を書きつけた後、その名刺を小さな封筒に入れて、演技中一度も観客の目から隠れないように両手で封筒を持ったままにします。客がテーブルの上に財布の中のすべてのお札と小銭をジャラジャラと出して数える作業が終わると、マジシャンは封筒の中から名刺を取り出します。すると名刺には、ちゃんとその金額が書きこまれています。客自身にも、ときには自分がいくらお金をもっているか正確には知らないことが多いので、ひどく驚きます―(筑摩書房刊・松田道弘著「超能力マジックの世界」から引用)。
 
マジシャンのマナーで、この種明かしはできないが、予言といえば、医者も患者に、これからのことを予言者のように話すことがある。
 75五歳の男性Aさんが、右の胸から背中にかけて、ピリピリするような強い痛みがあると現れた。本人によく聞いても、ケガはもちろん思い当たる原因といったものはない。裸になってもらい、胸や背中をよく診察したが、肋骨を押すといくらか痛みがある程度で、レントゲンでも異常はない。「肋間神経痛」と診断して鎮痛薬を処方することにしたが
「もし、胸や背中の、いま痛む部分に、水ぼうそうのような赤いブツブツが出来たら、『帯状疱疹(たいじょうほうしん)』です。一個でも発疹が出たらすぐに来てください。念のために血液検査もやっておきます」
 と、最後に一言つけ加える。はじめから頭に浮かんでいた病名である。
 3日後、Aさんは診察室のドアを開けて入って来るや、ポロシャツを上までまくりあげて
「やはりボツボツが胸にも背中にも出ました。見て下さい。先生の言った通りですね」
 胸から背中に赤い小さな水ぶくれが、肋骨に沿って横に広がっている。体の半分に帯のように広がるので帯状疱疹と呼ばれる。水ぼうそうのウイルスが神経について炎症が起きるので痛みも強い。予言が当たったことになる。その日に届いたウイルスの抗体検査でも陽性で、診断が確定した。抗ウイルス薬をのんで家で安静にするよう指示する。

85歳の女性Bさんの胸に聴診器を当て、丹念に心臓の音を聴いたあと、おもむろに
「百歳以上長生きします」
 というと、Bさんは
 「ひゃーっ、そんなに生きたくないね」
 と言いながら、まんざらでもなさそうである。
 「先生にはわかるんですか?」
 と聞かれたので、まじめな顔で
 「長いこと医者をやっていると、長生きする人かどうかすぐにわかります」
 と、ウソをつく。予言者には図々しさも必要である。気心の知れたかかりつけの患者さんとの息抜きの時間である。

 同じ予言でも、がんの末期など重い病気の患者さんや家族にこれからの見通しを伝えるときは、慎重の上にも慎重な気配りが必要である。テレビドラマで、主人公が「余命半年」と告げられたりするが、実際の医療現場では、ベテランの専門医でもその人の正確な余命を予測することはたいへん難しい。医師があと3月しかもたないと思った人が1年以上生きる例も珍しくない。
 ある医師が、患者を安心させるつもりで
 「あと5年は大丈夫」
 と説明をしたところ、その人は『あと5年しか生きられない』と誤解して、『あと4年、あと3年、あと1年・・・』と計算をしたらしく、ちょうど5年で本当に亡くなってしまった。遺体を解剖したが、どこにも死ぬような原因が見つからなかったそうである。彼はそれ以来恐ろしくなって勝手に人の寿命をタイムセットすることを控えているという話を聞いた。医師の考える「余命」と、その人の「寿命」とは、どうやら、別物のようである。

 83歳の女性Cさんは、月に一度高血圧の薬をもらいにくる。医者から見て他に体に異常なところはなく、趣味が豊かで、何不自由なく生活を楽しんでいる方である。だが、帰りがけにはいつも、この幸せがずっと続くように
「転んで大ケガをすると寝たきりになるかもしれません。気をつけましょう」
 と声をかけることにしている。ただ「転ぶな」というよりは、その結果起きそうな大事件を示して緊張してもらう方が効果がある。
そういう医者が転んでケガをしては格好が悪いので、まだ足が丈夫で転ぶ心配のない還暦の頃から、駅などの階段を上り下りするときは、かならず手すりにつかまり、足の運びだけに集中する習慣をつけていて、幸いこれまで無事である。大きなキャリーバッグを下げて急いで降りてくる若者でも、手すりにつかまりながらゆっくりと降りている人間は自然に避けて通るものである。
 
58歳の男性Dさんは糖尿病で治療中だが、お酒が好きな上に、外食や宴会の機会も多く、ダイエットができず、なかなか血糖値が下がらない。
「このまま血糖が下がらないと、10年後には失明したり、腎臓の透析を受けるようになります」
と、恐ろしい予言をして、懸命に脅かしているが、糖尿病は、都合が悪いことに血糖値が上がっても痛い・かゆいといった本人の自覚症状が少ないので、あまり言うことを聞いてくれずに困っている。血糖が上がるとライトが点滅してサイレンが鳴るケイタイや、頭が強烈に締めつけられる孫悟空タイプの金輪を作ってくれるメーカーはいませんか?
額に大きなコブが出来たお子さんの母親に「3,4日すると、皮の下にたまった血が下がってきて、目の周りにパンダのようなアザができます」、尿が近くなる過活動膀胱の患者に「この薬をのむと、ほんの少しのどが乾くことがあるかもしれませんが心配ありません」、おなかにガスがたまって痛がる3歳の子に浣腸する前に「ウンチがたくさん出るとぽんぽん痛いのが治っちゃうよ」・・・、どれも立派な予言である。患者は病気については素人であるから、右も左も見当がつかない先の見通しについて、医者が先回りをしてマメに細々とした予言を与えることも仕事の内である。

医者の「予言」の種明かしはしたが、自分がいつまで生きるか、どんな病気で死ぬかは医者といえどもわからない。かならず当たる見立ての良い占い師を探しているところである。

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